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大阪高等裁判所 昭和33年(ネ)30号 判決

申請人[(ネ)第二八号事件控訴人・(ネ)第三〇号事件被控訴人] 明光バス株式会社

訴訟代理人 阿部幸作 外三名

被申請人[(ネ)第二八号事件被控訴人・(ネ)第三〇号事件控訴人] 白浜町

訴訟代理人 平野光夫 外一名

主文

原判決を取消す。

和歌山地方裁判所が、同庁昭和三二年(ヨ)第一九六号専用自動車道占有妨害禁止仮処分事件について、昭和三十二年七月二十日になした仮処分決定はこれを認可する。

被申請人の本件控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審共、被申請人の負担とする。

事実

申請人代理人は、当審(ネ)第二八号事件について主文第一、二項竝に第四項同旨の判決竝に当審(ネ)第三〇号事件について主文第三項と同旨の判決を求め、被申請人代理人は、当審(ネ)第二八号事件について「本件控訴を棄却する。控訴費用は申請人の負担とする。」旨の判決竝に当審(ネ)第三〇号事件について「原判決を左のとおり変更する。

和歌山地方裁判所が昭和三二年(ヨ)第一九六号専用自動車道占有妨害禁止仮処分事件について昭和三十二年七月二十日になした仮処分決定はこれを取消す。訴訟費用は第一、二審共、申請人の負担とする。」旨の判決竝に仮執行の宣言を求めた。

当事者双方の主張、竝に疎明方法の提出、援用、認否は、左に記載する外は、原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。

申請人代理人の主張。

「被申請人は、本件仮処分の被保全権利は、金銭的補償によつてその終局の目的を達することができるものであるから、民訴法第七五九条にいわゆる特別事情があるものであると主張するけれども、申請人は左記理由によつてこれを争う。

即ち民訴法第七五九条の特別事情による仮処分の取消をなし得るためには、本案請求権の内容、当該仮処分の目的等諸般の事情を考慮して、その被保全権利の実現を金銭的補償に代えて、断念せしめることを合理的とする事情がなければならないのであつて、これを換言すると、当該仮処分の取消を許すことが、衡平の原則からして、相当であると判断される場合であることを要するのであって民訴法第七五九条に特別の事情というのも、かかる制約の下における事情をいうのである。

ところで申請人の本件仮処分申請は、申請人が被申請人との契約に基いて、従前から使用していた本件専用道路の占有を現状のまま保持せしめてもらいたいとの趣旨であり、仮処分命令もまたその趣旨であつて、被申請人に対して新な義務を課したり、またはその法律上の地位に変更を生ぜしめるものではない。然るに本件仮処分命令が取消されんか、被申請人は先に本件専用道路についてなした道路認定、その供用開始、竝に代執行命令なる一連の行政行為の公定力に藉口して、右専用道路を実力接収する意図があることは、その主張の全趣旨に照らして明らかである。しかしながら申請人の右各行政行為が当然に無効なものであることは、原審において主張したとおりであるから、本件仮処分の取消は、結局被申請人が、当然に無効な行政行為を実施し、よつて行政行為に藉口した不法な実力行使によつて新なる状態が創設され、申請人の財産権を侵害することを放任するに帰する。そもそも憲法第二九条第一項は財産権の不可侵を規定し、同条第三項は「正当な補償」の下においてのみ、これを公共のために収用し得ることを定めているが、右にいう「正当な補償」とは、その額において正当なばかりでなく、その法律上の根拠においても正当なものであることを要する。然るに行政権の主体たる国または地方公共団体が、金さえ積めば、私人の財産権を如何に侵害するも勝手であるというが如き切捨御免、官尊民卑の法律解釈が憲法の下において許されるものでないことは自明の理である。

のみならず、私人の財産権は行政機関の不法行為によつて侵されず、行政機関もまたかかる不法行為はしないものであるという保障と信頼とは、憲法上の基本的人権の保障に由来するものであつて、法治主義の基礎をなすものであるから、申請人がかかる憲法上の保障に基いて享有する利益は、単なる金銭的補償によつて償い得べきものではない。よつて右に反する被申請人の主張は失当である。

仮に本件仮処分は、保証を条件として取消を許さるべきものであるとしても、右補償金額に関する被申請人の主張はこれを争う。仮に乗客一人当りの利益額が被申請人の主張するとおりであるとしても、近年国鉄紀勢線の全通にともない、白浜町への旅客増加率は毎年二、三割を超えている一点より見ても、原審が認定した金三千万円の保証額は少きに失するものである。のみならず申請人は本件専用道路による観光路線において、会社の全収入の四割以上を挙げているのであるが、公益事業の建前として他の路線においては赤字営業をしているものもあり、その損失は右観光路線の収益によつて補填する外はないのであつて、右の観光路線は申請人の生命線ともいうべきものである。よつて申請人は近年数千万円の巨費を投じて、右専用道路の完全鋪装を完成したやさきに、本件仮処分の取消によつて被申請人にこれを接収されるときは、申請人の信用の失墜、これによる金融の困難、従業員の動揺、余剰従業員の整理及び職場転換、他会社の競争的乗入れなど、そのよつて生じる影響は止まるところを知らず、これによる直接間接の損害は逐一これを算定し難いけれども、結局その総額において被申請人の主張する如き金額に止まるものではない。」

被申請人代理人の主張。

「被申請人は原審において(1) 本件仮処分は行政特例法第一〇条の規定に違反する違法なものであること(2) 本件仮処分はその必要性がないこと(3) 仮に以上の主張が理由がないとしても、特別事情が存するから、民訴法第七五九条に基き保証を条件とする取消を求めることを主張したのであるが、当審においては右(2) の主張はこれを撤回し、(1) と(3) の主張はこれを維持する。

而して被申請人が、本件仮処分は行政特例法第一〇条に違背するものであると主張する理由は左のとおりである。

即ち行政特例法第一〇条の立法趣旨は、現行仮処分制度をそのまま行政処分に適用するときは、行政の円滑な運営を阻害する虞れがあり、従つてこれを避けるためには、別に行政処分の特質に応じる停止制度を樹立する必要があるものとして同条の規定が設けられたのであるから、たまたまその提起する本案訴訟が抗告訴訟であるか、行政処分無効確認訴訟であるか、またはその無効を前提とする一般の民事訴訟であるかを基準として、その適用の有無を分かつ如きは、右の立法趣旨に反するものであつて、いやしくも行政処分の執行停止を求めるについては、その本案訴訟にかかわりなく行政特例法第一〇条によるべく、民訴法の仮処分によることは許されないものと解すべきである。

仮に当然に無効な行政処分の執行停止については、行政特例法第一〇条の適用が除外されるとしても、白浜町長が本件専用道路についてなした路線の認定竝にその供用開始の行政処分には、たかだかその取消原因たるべき瑕疵があり得るに止まり、その当然無効の原因たる重大且つ明白な瑕疵があるものとはいえない。蓋し、原判決にも判示せられる如く、右行政処分が適法であるか否かは、右道路敷地について被申請人が適法な支配権を有しているか否かにかかつているところ、この点については当事者間に熾烈な争があるのであつて、その主要な争点は、第一に本件道路敷地の使用契約解除の効力如何、第二に本件道路敷地の大部分に対する所有権賃借権の帰属如何の二点にある。そしてこれらの争点は、その事実関係においても法律関係においても極めて複雑且つ高度な法律的判断を要するものであるから、仮に白浜町長がこの点について判断を誤まり、よつて前記行政処分に何等かの瑕疵を生ぜしめ、しかも右の瑕疵が重大なものであるとしても、それが何人も容易に認識し得る程度に明白なものであるということは断じてできない。

よつて正規の行政機関たる白浜町長が、正規の方式に従つてなした右行政処分については、一応その適法性が推定せられ、本案訴訟においてその違法性が確定せられるまでは、いわゆる公定力が認められるのであるから、これが執行停止については行政特例法第一〇条の規定によることを要するにかかわらず、民訴法の規定によつてなされた本件仮処分は違法である。

仮に以上の主張が認容せられないとしても、本件仮処分の取消について原審が供託を命じた金三千万円の保証額は著しく高額に失するものである。蓋し当審証人中村真正は、本件道路の専用を停止せられた場合に申請人が失う年間乗客数を三十万人余と推定する旨の供述をしているけれども、右の証言は誇大に過ぎるものであつて、被申請人は、たかだかその半数に当る年間十五万人余と主張する。而して観光運送業界においては、総収入から経営費その他の必要費を控除した二割相当額がその純利益額となることは、その通則とされているから、結局乗客一人当りの収入額を算定することによつて、申請人が取得し得べき年間の利益額は容易にこれを算定し得るものである。

ところで申請人が従来乗客から徴収している一人当りの料金二百五十円には、左記のものが含まれている。(イ)申請人が監督官庁の認可によつて実施している基本運賃、金七十円。(ロ)動植物園入場料、金五十円。(ハ)水族館入場料、金二十円。(ニ)乙姫プール入場料、金二十円。(ホ)絵はがき、案内図代金、三十円。(ヘ)茶、牛乳等接待費、金三十円。(ト)道路修理費、金三十円。しかしながら、動植物園は白浜熱帯植物園株式会社の、水族館は京都大学水族館振興会の、また乙姫プールは白浜潜水研究所竝に白浜観光施設株式会社の各経営にかかるものであつて、申請人は単にこれとタイアツプしているに過ぎぬから、右(ロ)(ハ)(ニ)の料金合計金九十円は、申請人の収入から控除さるべきものである。次に(ホ)(ヘ)の代金合計六十円については、本件仮処分が取消された場合における観光客の減少に応じて、申請人は少なくとも内金二十五円の実費額を免れることができるから、その残金三十五円が申請人の収入となるものであり、(ト)の道路修理費は、本件仮処分が取消された以後の分は、当然に道路管理者たる町においてこれを負担すべきものであつて、申請人においてこれを乗客より徴収し得べき理由のないものであるから、これまた申請人の収入より控除さるべきものであり、結局申請人の乗客一人当りの収入は、(イ)の基本料金七十円と(ホ)(ヘ)のサーヴイス収入金三十五円との合計金百五円であるから、乗客一人当りの純益額はその二割に当る金二十一円と算定すべく、従つてこれを前記年間乗客減員数十五万人余に乗じると、その年間喪失利益額はたかだか金三百万円余であり、仮に前記中村の証言する年間減員数三十万人余に乗じるとしても、その年間利益喪失額は金六百万円余に過ぎぬ。而して本件本案訴訟は昭和三十二年八月に提起せられ、また本件仮処分命令は同年七月に発せられていること、並らびに本件の原判決はその後二年八ヵ月を経過した昭和三十二月十二月二十三日になされている点より見て、本件仮処分取消によつて申請人がこうむる消極的損害を補償するためには、その二年分の喪失利益額に相当する金額を供託せしめるを以て足るものであり、また申請人が本件仮処分によつて受くべき積極的損害の補償としては、本件道路上の三箇所に設置されている遮断機並びに専用道路標識の撤去による損害金十数万円を供託せしめれば足るものである。

なお民訴法第七五九条にいわゆる特別事情は、債務者の側において、当該仮処分のために通常受くべき損害以上に著大な損害をこうむる事情があるときは、この一事によつてもこれを肯定すべきであることは、通説判例の承認するところである。然るに本件仮処分によつて、被申請人は左記のとおり著大且つ異常なる損害をこうむつているものである。

(1)本件専用道路は、白浜の最景勝地たる平草原に通じるものであるが、白浜町在籍のバス・タクシー、自家用車はもちろん、京阪神方面よりのバス・タクシー、自家用車も、申請人の道路専用により乗入れを拒否せられ、よつて観光客はすべて申請人会社のバスに一人当り金二百五十円の料金を支払つて乗換えることを余儀なくせられ、そのために平草原の遊覧を断念し、僅かに三段壁、千畳敷の遊覧に止めるものも少なくない状況であつて、町当局に対する各方面からの非難は日に殺到している。

しかしながら被申請人町は関西有数の観光地として観光を生命とするものであり、殊に近年紀勢線の全通、全国的規模における観光遊覧バス・自動車の激増、外国人観光客の増加等のすう勢に応じて、被申請人においても遊覧客の誘致に一層の努力を傾け、その飛躍的発展を図つているのであるが、前記のように白浜の中心たる平草原の絶景が、一般遊覧客の自由な観光から遮断されていることは、白浜町の遊覧客誘致に重大の障害をなしているのであつて、これにより被申請人の受ける損害は著大であり、且つ回復することのできぬものである。

(2)本件専用道路の沿線には、ゴルフ場、県営種蓄場、町営火葬場の外、約八十戸の開拓団地があるが、これらの関係者はいずれも専用道路を自由に通行できないために、多大の不利不便を余儀なくせられているのであつて、これによつて町政の運営、その発展に著しい障害を受けており、このことも、被申請人のこうむつている著大且つ異常なる損害の一つである。

(3)被申請人町は平草原を中心に実測約二十五万坪の土地を所有しており、これに他の私有地三十万坪をも加え、都市計画法に従つて「平草原公園」の設置を計画しているのであるが、申請人の本件道路専用のためにその実施に多大の支障を生じているのであつて、これまた本件仮処分によつてこうむる異常の損害に外ならぬ。

(4)被申請人は観光客誘致施策の一つとして、昭和三十二年以降総計約一億五百万円の巨費を投じてロープウエーの建設を計画したのであるが、これに要する資材の運搬についても、本件専用道路の使用ができないために、運搬費において約一割の支出増加を余儀なくされたのみならず、右ロープウエー営業は昭和三十三年度において約千五百万円の赤字を生じ、右赤字は漸時増加の傾向を示したために、被申請人は昭和三十五年四月南海電鉄株式会社に右ロープウエーを売却するのやむなきに至つた。而して右のような事態に至つたのは、ひつきよう本件仮処分によつて、本件道路の自由な通行が阻止されていることの結果として、京阪神方面の遊覧客が、被申請人の予想を下回つたためであつて、被申請人はこれによりその得べかりし利益を永久に喪失することとなつた。

上述した如く、被申請人が本件仮処分によつてこうむり、また現にこうむりつつある損害は、極めて著大且つ異常なものがあるのであつて、申請人が本件仮処分の取消によつてこうむるべき前記財産上の損害とは雲泥の相違があるばかりでなく、被申請人の右損害は金銭を以ては回復し得ないものであるから、本件仮処分はこの理由からも、特別事情があるものとして取消さるべきものである。」

疏明関係について、申請人代理人は、甲第二九号証乃至第三二号証を提出し、当審証人中村真生の証言を援用し、乙第一二号証の一乃至四、第一五号証、第一六号証の三〇第二〇号証の一、二は不知、その他の当審提出の乙号各証の成立を認めると述べ、被申請人代理人は乙第一一号証、第一二号証第一三号証の一乃至四、第一四号証、第一五号証、第一六号証の一乃至三〇第一七号証乃至第一九号証、第二〇号証の一、二を提出し、当審証人雑賀弥十三、同岩城一治の各証言を援用し、甲第二九号証、第三一号証は不知、甲第三〇号証、第三二号証の成立を認めると述べた。

理由

本件仮処分の本案訴訟は、申請人が被申請人に対して昭和三十二年八月七日に提起した、本件専用道路に対する占有妨害排除の訴であること、右の訴は、白浜町長が本件専用道路についてなした、道路法に基く路線の認定、その供用開始、竝にこれを前提とする障碍物除去命令の代執行なる一連の行政処分の無効の主張を前提とするものであることは、当事者間に争がない。

ところで私人が、国または地方公共団体に対して、右のような行政処分の無効を前提とする民事訴訟を提起した場合に、民訴法の規定に基いて当該行政処分の執行を阻止するような内容の仮処分をなし得るものであるか、否かは、従来議論のあるところであつて、にわかにその一般的な結論を提示し得る限りでないけれども、本件の争点を解決するに必要な限りにおいて当裁判所の見解を述べると左のとおりである。

元来当然無効の行政処分とは、重大且つ明白な瑕疵があるために、行政処分として本来具有すべき公定力を否定せられ、従つて何人も常にこれを無視し得る如き行政処分である。かかる行政処分は客観的には公定力を有しないのであるから、法律上は云はば無に等しいものである。しかしかかる行政処分と雖も、それが事実上存在する限りは、私人の公法上または私法上の権利(利益も含むものと解するけれども、以下これを省略する。)に影響を生じることは免かれ難いところである。従つて、かかる当然無効の行政処分によつて不利益な影響をこうむる私人は、訴訟によつてその排除を求めることが許されるべきである。しかし法律上無に等しいものの排除を求めるということは意味をなさぬのであるから、この場合における訴訟形式としては、当該行政処分の効力が帰属すべき国または地方公共団体を相手方として、公法上の権利に関するいわゆる当事者訴訟、あるいは私法上の権利に関する確認請求その他の民事訴訟を以て争うのが本筋であると思はれる。然るに実際上はこの場合にも、抗告訴訟の場合と同様に、当該行政処分をした行政庁に対して、行政処分無効確認訴訟を提起することが慣行されている。そして裁判所も、かかる無効確認訴訟は、当該行政処分に存する瑕疵が重大且つ明白なものでない場合には、他の訴訟要件を具備する限りは、直ちに抗告訴訟に変更することが可能であるし、あるいはまたこれと予備的関係において請求を維持し得る利点を伴うものとしてこれを認容し、よつて行政処分無効確認訴訟を行政事件訴訟の一形式として判例法上認めて来たものである。

してみると、元来当然無効の行政処分は客観的には公定力を有しないものであるけれども、私人がこれについて右のような行政処分無効確認訴訟を以て行政庁を相手方として争う限りは、右私人は消極的な意味において、やはり当該行政処分の公定力を認めているものと考えることができる。そして行政処分無効確認訴訟の本質を以上のように見て来ると、右無効確認訴訟にともなう行政処分の執行停止については、法文上必ずしも明白であるとは云えぬにかかわらず、やはり行政特例法第一〇条の規定によるべく、民訴法の仮処分によるべきではないとなすべき理由がある。

然るに私人が当然無効の行政処分によつて直接に私権を害せられる場合、特に自己の財産権に対してなされた収用処分が当然に無効であることを主張する場合に、右のような行政処分の無効確認訴訟によることなく、退いて、右の行政処分が当然に無効であることを前提とする私権の確認請求、その他の民事訴訟を提起して争い得るし、むしろ理論上はこれを以て本則とすべきことは、上述したところによつて明かである。

ところで当裁判所は、後に判示する如く、白浜町長が本件専用道路についてなした路線の認定、供用開始処分、並にこれを前提とする障害物除却命令の代執行なる行政処分は、結局は、憲法第二九条第三項に違背してなされた違憲無効の公用収用処分と認めるのであるが、私人が、かかる行政処分の名に藉口する違法な侵害に対して、民事訴訟を以て争い、しかもその本案請求権の保全に必要である限りは、裁判所は、当該行政処分の執行を阻止するような内容の仮処分と雖も、もちろんこれをなし得るものとするのが、当裁判所の見解である。

被申請人は、行政特例法第一〇条の規定は、行政処分の公定力を尊重する行政利益優先の立法趣旨にかかるものであるからいやしくも行政処分の執行を阻止するためには、その本案訴訟の如何にかかわりなく、行政特例法第一〇条の規定によらねばならぬ旨を力説する。しかしながら、被申請人の右主張は、当裁判所においてこれを賛同し難いものとする理由はおよそ次のとおりである。

第一に、私人の財産権を公の用に収用するいわゆる公用収用の処分が、当然無効である場合には、ただに行政法規の違背があるに止まらず、それは直に憲法第二九条の規定に違背して私人の財産権を侵害することを意味する。しかしかかる違憲無効の行政処分の如きは、法律上如何なる意味においてもその存在を否定さるべきものであるから、かかる行政処分も、確定判決がある迄はなお行政処分であるとしてその公定力を云々し、行政特例法第一〇条の優先適用を論議する余地さえないのであつて、私人がこれに対して民事訴訟を以て争う以上は、裁判所は単純に私権に対する侵害があるものとして、民訴法の規定による仮処分をなし得べきである。

第二に、私人が、かかる違憲無効の行政処分に対して民事訴訟を以て争う場合に、単に相手方が国または地方公共団体であるとの理由から、民訴法の仮処分によることを許されず、従つて一般の民事事件におけるよりも不利益な地位を受忍しなければならぬものとするが如きは、憲法第一三条が個人の尊重を規定し、同法第一四条が法の下における平等を規定している法意に反し到底容認し難い。

第三に、私人が、かかる違憲無効の行政処分に対して民事訴訟を以て争う場合にも、その執行停止については行政特例法第一〇条の規定によることを要するものとし、従つて同条の規定による内閣総理大臣の異議を認めるが如きは、明かに司法権に対する行政権の干渉を容認することに帰するのであつて到底容認し難い見解である。

以上の理由により、当裁判所は、被申請人の右主張を採用することができぬ。

次に被申請人は、仮に当然無効の行政処分は、民訴法の仮処分によつて、その執行を阻止することが許される場合があるとしても、白浜町長が本件専用道路についてなした路線認定竝にその供用開始なる行政処分には、当然無効の原因たる重大且つ明白な瑕疵、殊に明白な瑕疵があるものとはいえないから、その執行停止は、行政特例法第一〇条の規定によつてのみこれをなし得るものである。然るに民訴法の規定に基いてなされた本件仮処分は違法であると主張するけれども、本件の本案訴訟は専用道路に対する占有妨害禁止の訴であつて、これについて民訴法の規定による仮処分が許されることは前段に判示したとおりであるから、被申請人の右主張は結局右の仮処分における被保全権利の存在を争うことに帰するものと認むべく、よつて以下にこの点について判示する。

先ず当事者間に争のない事実は左のとおりである。

申請人は、白浜町において自動車による乗客輸送業を営む会社であつて、同町三段壁付近より、平草原を経て県営種蓄場前に至る道路(正確には、白浜町南湯崎県道、富田停車場路線に接続する白石株式会社経営地道路終点、同町字爪切二九二七番地から和歌山県営種蓄場前、大浦荘門側道路に接続する、延長三、〇七二粁の完全鋪装道路。)を、申請人会社のバス運行にのみ供用する、いわゆる専用道路として使用し、平草原周遊の観光バス事業を営んでおり、右専用道路による旅客運輸事業、竝に右専用道路の工事施行は、昭和十一年三月三日附鉄道大臣の認可にかかるものである。而して右専用道路の敷地は、私有地、町有地が入りみだれているのであるが、その私有地については、申請人は各土地所有者よりこれを買受けるか、または賃借権の設定を受けてその使用権原を取得し、また右道路敷地の全長の約三分の一にわたる町有地については、申請人は、昭和十年十月二十八日附を以て被申請人との間に作成した契約書(甲第六号証)の第一条、第二条記載の約定によつて、向う三十年間右町有地を無償使用し得る権限を取得したものである。然るに被申請人は、右契約書第九条に記載せられている「甲(被申請人)は、村道として其の必要生じたる場合……工事未償却額全部を乙(申請人)に補償するときは、乙(申請人)は第二条の期間の利益を主張せず、直に道路全線を甲に引渡し、同時に当該道路上における、本道路専用による自動車営業を廃止するものとす。……本道路専用による自動車営業を廃止するものとするとは、即ち引渡しと同時に、当該道路の専用権を放棄する意味なり。」との条項に基いて、昭和三十一年十月十四日申請人に対し道路の引渡を求める旨の通告をした上、翌十月十五日本件道路引渡請求の訴を本案とする仮処分命令の申請(和歌山地方裁判所田辺支部、昭和三一年(ヨ)第五七号事件。)をした。然るに白浜町長は、右仮処分事件の係属中である昭和三十一年十一月十五日本件専用道路について、道路法第八条による路線認定をなし、次で昭和三十二年四月二十七日道路法第一九条による供用開始の告示をすると共に、申請人に対して同日附書面を以てその旨を通告し、なお本件専用道路に設けられている通行遮断機、申請人会社の標識、その他一般通行の妨害となるべき施設を、昭和三十二年四月二十八日の午前中迄に全部撤去すべく、もしも右撤去をしないときは、被申請人において、申請人の費用負担を以てこれを撤去する旨を通告したのに対し、申請人は即日右申出を拒絶する旨の回答をした。然るに白浜町長は昭和三十二年四月二十八日附を以て、行政執行法に基く代執行命令書を送達した上、町吏員に人夫約十五名を引率させて、遮断機等の破壊に着手せしめたが、申請人会社の従業員に阻止され、その一部を破壊しただけで退去した。しかしながら、被申請人は、同年五月一日前記契約書の第五条に記載せられている未償却工事費の補償と称して、金一万円の弁済供託をした上、同年七月十二日頃申請人に対して、前記契約書による補償の提供を了したから、被申請人は更に改めて代執行をなすべき旨を通告し、なお先になした仮処分の申請はその頃これを取下げた。以上の事実は当事者間に争がない。

そこで白浜町長のなした右一連の行政処分は、はたして適法であるか否かについて判断する。

元来道路法において「道路」とは、「一般交通の用に供する道(自動車のみの一般交通の用に供する道を含む。)」であつて、且つ同法第三条、一号乃至五号に掲げられているいずれかの道路に当るものをいい、同法第三条、五号は、市町村道を道路の一種類として掲げている。そして同法第八条、第一、二項は、市町村道とは、市町村の区域内に存する道路で、市町村長が、議会の議決を経て路線認定をした道路をいうものと規定している。してみると、道路法上の道路であるためには、(イ)一般交通の用に供する道(自動車のみの一般交通の用に供する道を含む。)であること、(ロ)路線の認定がなされたものであること、を不可欠の要素とし、そのいずれかを欠くものは道路法にいわゆる道路とされないことは明かである。

然るに本件専用道路は、申請人が自己の経営する観光バスの運行のみに供用し、これを一般交通の用に開放しているものでないことは、前述したところによつて明かである。なるほど申請人は、その経営する観光バスを有料で一般公衆の利用に供している。そして右のバスは本件専用道路を運行しているのであるが、だからといつて、本件専用道路が一般公衆の利用に開放されていることにならないことは、私人経営の汽車、電車が、一般公衆の利用に開放されているからといつて、その軌道まで一般公衆の利用に開放されていることにはならないのと同断である。そして右のとおりであるからには、本件専用道路は、これについて適法な路線認定がなされたものであるか、否かは、しばらくこれをおくとしても、道路法にいわゆる道路でないことは明かであるとしなければならぬ。

然るに一方、道路運送法第二条第八項は、「この法律で「自動車道」とは、もつぱら自動車の交通の用に供することを目的として設けられた道で、道路法による道路以外のものをいい、「一般自動車道」とは、専用自動車道以外の自動車道をいい、「専用自動車道」とは、自動車運送事業者が、もつぱらその事業用自動車(自動車運送事業者がその自動車運送事業の用に供する自動車をいう。)の交通の用に供することを目的として設けた道をいう。」と規定しておるのであつて、本件専用道路は、正に右道路運送法第二条にいわゆる「専用自動車道」に当ることは、前述したところによつて明白である。而して右「専用自動車道」の工事、供用開始、管理竝に監督等の事項に関しては、同法第七五条の規定が設けられている。もつとも右道路運送法が施行せられたのは、昭和二十六年七月一日であるから、本件専用道路が開設せられた昭和十一年当時においては、いまだ同法のような法規はなかつたわけであるが、少くとも、右道路運送法の施行後は、本件専用道路は同法の規制を受けるものとなつたことは明かである。

ところで道路法にいわゆる道路は、国または地方公共団体の営造物として、公権力の管理の下におかれ、私人は営造物使用関係としてこれを利用し得るのに反して、道路運送法による自動車道は、その一般自動車道と専用自動車道をあわせ、いずれも私人、または単なる経済的主体としての公共団体の私有財産であつて、公物ではなく、従つてその利用管理処分等は、すべて私法によつて規制せられる関係であるに過ぎぬ点において根本的に性格を異にするものである。そして道路運送法の施行前に開設せられた本件専用道路も、当初からかかる私有財産であつて、ただ道路運送法の施行によつて、一層その性格が明確にされたに過ぎぬことは明かであるから、国または地方公共団体がこれを私人から取得するためには、譲渡契約その他の民法上の原因によることを要するのであつて、如何なる名目によるにせよ、国または地方公共団体が、これを強制的に収用し得るものとする法律上の根拠は全くない。

そこでひるがえつて、道路法の規定を見るに、同法第一六条は「市町村道の管理は、その路線の存する市町村がこれを行う。」旨を規定しているのであるが、これを道路法の前記各規定竝に後記第一八条の規定と綜合すると、路線認定なる行政処分は、結局は、道路法上の道路を設定するについて、先ずその路線を抽象的に定めると共に、その道路管理者を決定する創設的行為であることを知り得るのであつて、これを町道についていうならば、当該の町が、抽象的な路線計画を定めてこれを発表すると共に、自らその道路管理者としての権能を取得することを目的とする行政処分であると解すべきである。

そして右の路線認定がなされたときは、道路管理者は右路線計画を具体化するために、同法第一八条第一項の規定する道路の区域決定をなし、これを公示すると共に、法定の図面を作成して、これを一般に縦覧せしめなければならぬのであるが、右の区域決定は、具体的な道路計画として工事を施行されるものであるから、道路管理者は、その前提として、右区域の土地(簡明にいうならば、予定道路の敷地。)について、適法な使用権限を取得しなければならぬことはもちろんである。而して法律は、右土地使用権限の取得については、当事者間の協議により、民法上の方法によつてなされることを予定し、これによつては目的を達成し難い場合に始めて、土地収用の方法を認めていることは、土地収用法第三条一号その他同法中の関係法条に照らして明かである。

而して道路管理者は、予定道路が完成した上は、同法第一八条第二項による供用開始処分をなし、且つ法定の図面を一般に縦覧せしめることを要するのであるが、右供用開始なる行政処分は、道路を一般交通の用に供する(自動車のみの一般交通の用に供する場合を含む。)意思表示であつて、公示によつてなされるものであることはその法文上明かである。

なお、路線認定が、既存の道路と重複してなされた場合に関しては、同法第一八条二項但書に規定があるけれども、右にいわゆる既存の道路とは、道路法による道路を指すものであるから本件のように、既存の専用自動車道と重複して、道路法による路線の認定竝に供用開始をなし得るものであるか否かについては、道路法は直接の明文を設けていない。

さて以上のように見てくると、道路法のいわゆる路線認定竝に供用開始処分なる行政処分は、いずれも私人の財産権を公の用に収用する効果を有するものでは全くないことは明かである一方、国または公共団体が、本件専用道路のような私有財産権を私人から取得するためには、民法上の原因による外はなく、右の路線認定竝に供用開始処分の如き手段によりこれを取得し得るものでないことも、また前述したところによつて明かである。

そこで先ず右路線認定の効力について考えるに、前述したように路線認定は、国または地方公共団体が、抽象的な道路計画を定め、その管理者たる権能を取得する一方的な創設行為であるから、右の路線認定自体によつては何人もその権利を害せられることはないものというべきである。なるほど、道路法上の道路が既に存在している場合に、これと重複して路線認定をなし得ることは道路法第一八条第二項の規定するところであるが、私人が既に開設している専用自動車道を具体的な対象として路線認定をなすというが如きことは、道路法も予測していない異例のことであると思はれるけれども、かかる専用自動車道と雖も、被申請人が、民法上の譲渡契約その他の原因に基いて、その財産権を取得し得る可能性がある以上は、別段、右の路線認定自体が道路法上違法無効なものであると解する必要はないであろう。

次に供用開始の効力について考えるに、供用開始なる行政処分は、道路法上の道路が完成した場合に、これを一般公衆の使用に供する旨の意思表示であると解すべきことは、前述したとおりであるから、公物としての道路が存在しないのにかかわらずなされた供用開始処分は、法律上の不能を目的とするものであるとしなければならぬ。然るに被申請人は、道路運送法にいわゆる専用自動車道は存在するけれども、いまだ公物としての道路は存在しないにかかわらず、右専用自動車道を対象とする供用開始処分をなしたものであることは、前述したところによつて明かであつて、右の瑕疵は、重大且つ明白であるというべきであるから、右供用開始処分に関する限りは、その道路法上の効果としても、当然に無効であるといわなければならぬ。

被申請人は、申請人に対し前記契約書第九条に基いて、本件専用道路の引渡を求める通告をしたことによつて、右専用道路は、当然に「一般の交通の用に供する道」になつたものであるから、これについて供用開始をするに妨げはないと主張するけれども、成立に争のない甲第六号証によると、申請人と被申請人との間に昭和十年十月二十八日に成立した右契約は、要するに、被申請人はその町有の土地を、申請人が道路敷地として供用するに必要な範囲において、向う三十年間無償貸与し、右の期間が満了したときは、申請人はその開設した道路をそのまゝ被申請人に引渡すこと、右道路の開設竝に拡張の工事費については、申請人は予め被申請人の確認を求め、且つ右費用は三十年の期間内に等分して償却し、期間満了の時に被申請人に何等の請求をしないこと、但し右期間満了前と雖も被申請人が未償却工事費の全額を提供して道路の引渡を求めるときは、申請人は異議なくこれに応じ、以後、本件道路の専用権を抛棄することを骨子とする私法上の契約であることの疏明がある。してみると、被申請人が、かゝる契約に基いて申請人に対する道路引渡請求権を行使する旨の通告をしたからといつて、右一片の通告によつて、道路運送法上の専用自動車道である本件専用道路が、にわかにその性格を一変して、公物たる道路法上の道路になるものでないことは論をまたぬところであるから、被申請人の右主張は失当である。

ところで、被申請人が本件専用道路についてなした、路線認定竝に供用開始処分の道路法上における効果については、上述したところに尽きるのであるが、被申請人は、右各行政処分が道路法上の関係において有効であることを主張するに止まらず、更に進んで右各行政処分によつて、被申請人の私有財産である本件専用道路を有効に白浜町に収用したものであることを主張し、よつてその道路管理権に基いて、申請人に障碍物の除却を命令した上、その代執行処分をなす過程にあることは、前に判示したところによつて明かである。

しかしながら、かかる行政処分によつて、私人の如何なる財産権をも収用し得るものでないことは、前述したところによつて明らかであるにかかわらず、被申請人が、本件専用道路に対してその収用を前提としてのみ許され得る実力の行使に出ることは結局は、名を道路法上の行政処分に藉りて、憲法第二九条による私有財産権の保障に違背し、公権力を以て不法に私人の財産権を収奪するものといわねばならぬ。そして被申請人の前記各行政処分が、かかる憲法違背の目的のためになされたものである限りは、右行政処分は一体として、全部違憲無効の行政処分であると断じる外はない。

附言するに、被申請人は、申請人に対する「補償金」名義の下に金一万円を供託していることは前述したとおりであるけれども、右は前述した契約に基いて、契約期間を終了せしめるために提供した「補償金」であつて、憲法第二九条第三項に所定の私有財産を公共のために収用するについてなされる「正当な補償」に当るものでないことは自明の理であるから、その金額の当否の如きは、ここに取上げて論ずべき限りでない。

以上のとおりであるからには、申請人は、被申請人に対して、本件専用道路に関する占有妨害禁止の仮処分を申請し得べき本案請求権があるものとしなければならぬから、民訴法の規定に従つてなされた本件仮処分は適法であるとしなければならぬ。

よつて進んで特別事情による仮処分の取消は許されるか、否かについて考える。

仮処分によつて保全せられる権利が、金銭的補償を得ることによつて、その終局の目的を達し得べきものであるときは、特別の事情があるものとして仮処分の取消が許されること、竝に右にいわゆる「金銭的補償を得ることによつて、その終局の目的を達し得る。」ものであるか、否かは、本案請求権の内容、当該仮処分の目的等諸般の情況を考え、社会通念に従い、客観的に考察して、これを判断しなければならぬことは、既に大審院判例の確定するところである(大審院、大正一〇年五月一一日同昭和一八年一〇月九日判例参照)。

そして本件仮処分は、被申請人が前述した如き障碍物除却命令の代執行に藉口して、本件専用道路に対する申請人の占有を妨害することの禁止を目的とするものであるから、右の仮処分が取消された場合には、(イ)本案訴訟の確定するまでの暫定的な状態であるにしても、本件専用道路の管理権は被申請人に収用せられ、白浜町の町道として一般の通行に開放せられる結果として、申請人はこれを自己の営業目的に専用する利益を失うこと、(ロ)右の結果として、申請人は、乗客の減少に基因する直接間接の財産的損害をこうむることは明かである。

そこで右(ロ)の財産的損害だけを取上げて見るならば、右は後日金銭的補償を得ることによつてその満足を得べきものであることは明かであるけれども、本件仮処分の取消の結果、前記(イ)の事実状態が創設されることによる犠牲が、はたして金銭的補償によつて満足され得べきものであるか、否かについては、多大の疑問がないとしない。この場合、債権者は、行政処分の公定力を頭から否定して、単に私法上の財産権に対する違法なる侵害があることを主張して、民訴法による仮処分命令を得たものである以上は、事はむしろ私法上の問題であるから、債務者の側からする特別事情による取消を以て対抗せられることを否定すべき理由はなく、従つて、仮処分の取消による結果が財産的損害に帰するものである以上は、当然に保証を条件とする取消を許すべきであるとする議論は、もちろんこれを考え得るところである。

しかしながら、前記(イ)の事実状態は、単に当然無効な行政処分の結果であるというに止まらず、それ自体、憲法第二九条の私有財産権の保障に反する行政処分の結果として発生するものである以上は、かかる場合に特別事情による取消を許すこともまた憲法の右法条を無視することのそしりを免れない。蓋し憲法第二九条第三項は私有財産の公用収用に対して正当な金額の補償が与えられることを保障するに止まらず、法律上の正当な根拠によることなくして私有財産をみだりに収用せられないことをも保障しているものと解すべきところ、本件仮処分の取消によつて、前記(イ)の結果が発生する以上は、右私有財産に対する憲法上の保障が不安にさらされることは免がれ得ないところであつて、この点は後日の金銭的補償を得ることによつても到底償い得ないものであるとしなければならぬからである。してみると違憲無効な公用収用処分に対して、財産権の現状を保持するためになされた仮処分については、いわゆる特別事情があるものとして保証を条件とする取消を許すことは、結局は憲法の私有財産権の保障を危うからしめるものとして、これを許容することができぬものと解すべく、右に反する被申請人の主張は、その余の主張事実について判断するまでもなく失当であるとしなければならぬ。

しかるに本件仮処分について、特別事情の存在を肯定し、よつて被申請人において金三千万円の保証を供することを条件として、本件仮処分を取消すべきものとした原判決は失当であつて、申請人の本件控訴は理由があるから、原判決を取消し、本件仮処分決定を認可すべく、また本件仮処分決定の取消を求める被申請人の本件控訴はこれを棄却すべく、よつて民訴法第三八四条、第三八六条、第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 田中正雄 判事 河野春吉 判事 本井巽)

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